【特集】ベトナムの「ホーおじさん教」について

この記事は2014-11-24~2014-11-26のツイートを再構成したものです。

ベトナムの「ホーおじさん教」に関する論文を読んだが非常に面白かったので紹介。今回読んだのは、今井昭夫「「ホーおじさん教」と戦争の記憶」。(所収:武内房司編『戦争・災害と近代東アジアの民衆宗教』有志舎、2014)

タイトル 戦争・災害と近代東アジアの民衆宗教
著者 武内 房司/編集
出版社 有志舎
ISBN 978-4-903426-82-2
価格 7,260 円 (10% 税込)
発売予定日 2014年3月22日
サイズ A5 判
ページ数
Cコード C3014 (専門, 単行本, 宗教)

ベトナムでは元々、統合の象徴としてホー・チ・ミンが掲げられたこともあり、ホー・チ・ミン崇拝が民間信仰やカオダイ教等の宗教で行われていたが、今世紀に入ると、さらに進んだ、ホー・チ・ミンを本尊とする宗教教団が出現し始めた。この背景には、ベトナムで1990年代から「新宗教」が大挙して出現したことと、死者と交信でき、招魂・降筆を行うという霊能者「外感(者)」たちの活躍があるという。

※「 Ngoại cảm. 外感」とは元々常人には感じ取れないものを感じとる能力(第六感的なものか)を指していて、そのような能力がある者、あるいは霊能者一般を「 Nhà ngoại cảm. 外感(者)」と言っていたものの、次第に死者の墓や遺骨を捜す人々を指すようになっていたという。

霊能者の活躍というのは、ベトナムの葬送では墓・遺骨の存在(どこにあるかが分かること)が極めて重要であるのに、ベトナム戦争で大量の行方不明戦没者が発生し長年の社会問題となっていて、そのために死者と交信することができるという霊能者「外感」が捜索に活躍するようになったというもの。

そこでなんと、92年頃から一部の政府機関が外感たちを通じて、墓・遺骨の捜索を始め、97年には公に是認されることになる。そのため、心霊への関心が高まり公然化した。こうした新宗教の勃興、外感の活躍、ソ連崩壊後の共産党のホー・チ・ミン思想の推し出しと崇拝の高まりなどの流れが合流し、「ホーおじさん教」教団が複数出現したという。この論文では、そうしたいくつもある「ホーおじさん教」教団のうち、規模の大きい「平和廟」をとりあげている。

平和廟の経典は教祖が天から聞き取った降筆の詩で、かなり大量のものらしい。その教義では、ホー・チ・ミンは死後も心霊界で最高指導者となったとされ、そもそも、ホー・チ・ミンは玉仏かつ玉皇上帝でベトナム民族の始祖・貉龍君の生まれ変わりなのだという。

また、かなりのベトナム中心史観で、人類の起源がベトナムであり、そこから人類は世界に散らばったので、ベトナムは世界の長たる国であるとする。そして、従来の中国とも深く関係を有するベトナム民族の歴史は捏造であり、ベトナム民族の歴史は輝かしき民族の建国と侵略者の闘争の歴史で、始祖・貉龍君は何度も指導者として生まれ変わってきた……となる。

さらに平和廟の特徴的な教義として、「悪霊」とは、昔ベトナムを侵略してきた敵の死霊であるという定義があり、国・民族及び個人に降りかかる災厄はその悪霊が原因であり、それを国内から駆逐しなければならないという。このように国粋色がかなり強く、戦死者たる烈士供養も重要な儀礼になっている。

また、「心霊革命」という思想を唱導しており、曰く、ホー・チ・ミンは今、ベトナムと世界の神々の先頭に立っており、心霊革命を指導する立場にあるという。まず、心霊革命をベトナムから始めるためには、邪教の淘汰や外来宗教信仰をやめ、悪霊を駆逐する国・民族の救済が必要であり、これによりあの世での民族独立も果たされるという。

災厄をもたらす「悪霊」はベトナム侵略者の死霊というように、個人の厄払いと民族の厄払いが地続きという、特異な教義は、教祖など教団の中心層の民族解放戦争の体験が色濃く反映されているのではないかと著者は考察している。これは平和廟の話だが、他の「ホーおじさん教」でも先鋭化が見られるとか。

論文では他にも、教祖のライフ・ヒストリーとか信者への入信動機インタビュー等もあるので興味があったら読んでみてね!

続けて、
ショウン・マラーニー「戦死者とともに生きる―現代ベトナムにおける遺骨と凶事、そして収束する物語―」
http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/52329/1/ifa010002.pdf
今井昭夫「ベトナム戦争のコメモレーションに関する研究について」『クアドランテ』第10号(2008)
http://www.tufs.ac.jp/common/fs/ifa/publication.html#no10
という2つの論文を読んだ。

こちらでは、ベトナムにおける戦死者顕彰/供養、戦死者の範囲の定義の問題、それらとベトナムの葬送文化の問題、そして、先ほど触れた戦死者の墓・遺骨捜索での霊能者「外感」たちの活躍について扱われている。

先ほども触れたが、ベトナム戦争で大量の行方不明戦没者の墓・遺骨探しはじゅな社会問題で、その解決のため、92年から一部の政府機関が外感たちを通じて、墓・遺骨の捜索を始め、97年には公に是認されることとなった。ついには、2007年には「特別な能力を用いた、革命に殉じた者の遺骨探し」という政府公式式典で10人の外感、10年で1万5000以上の革命に殉じた者の墓を探し当てた功で表彰されるまでにいたる。

また、ベトナムでは応用情報学工芸科学連合会・公安省刑事科学研究所など多数の機関が外感に関する科学的研究を積極的に行っている。霊能者たる外感になる経緯はいくつかのタイプがあるが、その中には「特別な能力」を持つ人々に対し、墓を特定するための訓練を科学者が施す場合もある。

元々、政府は迷信異端に弾圧を加える立場だったが、90年代以降変化し、このように、外感には公式に政府の強力な支援が与えられている。活動は政府に認可され、その科学的研究に政府資金も投入されている。これは外感の殉死者発見への貢献が殉死者顕彰という政府の思惑と一致するからであるという。

論文では他にも、外感が能力を得たとされる経緯の例などにも触れられている。霊能者以外では、ベトナムでの戦死者顕彰の歴史や、一例として、ある村での顕彰式典の様子を取り上げていたり、きちんと葬送をしないと死者があの世に行けず亡霊になるとされる葬送文化についても触れられていて興味深い。

また、外感たちについては、他にも、川越道子『ベトナムにおける戦争の記憶の形成過程 : ドイモイ政策以降の戦死者墓地を中心として』(富士ゼロックス小林節太郎記念基金,2008)も参考になる。
(PDF) https://www.fujifilm.com/fb/company/social/next/foundation/pdf/F-073.pdf

ホーおじさん教の話も面白いのだけど、ベトナム政府自身が霊能者使って、墓と遺骨を探させるというベトナムの宗教状況が、とても興味深い。

また、「ホーおじさん教」ほどではないけど、旧社会主義諸国系だと、中国にも毛沢東信仰とかの話もあるし、(近)現代の「政治指導者」への宗教的信仰についての比較研究とかどっかでやってくれないかなあ。実態はどうかわからないけど、トルクメニスタンのニヤゾフとかベネズエラのチャベスとか、北朝鮮も関係するかな。